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2009年1月

我が家の干し柿

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我が家には、大人でも幹が一抱え出来ない位の大木の柿が2本ある。優に50~60年以上はあると思うが、兎に角老樹である。種の無い渋柿である。

 柿の名所の岐阜から甘い富有柿と言うことで、購入した苗だが渋が抜けきらない、寒い所の為かもしれないと親父が言っていた記憶がある。今にして思えば子供の頃、「甘かったらなー」と恨めしく思って居た。 

 然し、富有柿は全くの誤解で、後述するが、平核無柿だ。

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我が家にはもう1本、30年位の名前不詳の甘柿があるが、何故か、全く渋い物、渋みの残っている実が混じっている。

聞いた話だが禅寺丸と言う柿は不完全甘柿と言って渋の抜けきらない種類の甘柿があるそうだから我が家のは其の種類か?。そして何故か落花が多い。此れに就いも後述するが。
 

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 百人1首の3番目には、柿本人麻呂と,人名には古くから使われてはいるが、万j葉集には柿の詩は1句も無く、其のため柿は万葉の時代以降に日本に渡来して来た物と思われて来た。
 

然し近年岐阜県瑞浪市の第三紀層から果実の化石が発見され、世界に誇る日本原生の果実と判った。牧野の図鑑に依ると学名にもDiospyros Kaki L,fil, と柿が付いている位だ。
 

大垣市の近郊の揖斐川町は母親の里で幼少時からよく行った。当時は柿に付いて関心は更々無かったが、確か半割りした孟宗竹に詰められた柿羊羹が名物として駅で売られていたと思う。 

  歴史的にも岐阜柿の原産地で有り日本の名産地の一つであるのだ。

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夫婦柿と言われる柿はリンゴ、桃などの様に両性花の種類でもあるが、元々は柿は同じ木に雄花、雌花と分かれて咲く雌雄異花(こんな用語有るかな?)の植物だったらしい

先述の我が家の1本の甘柿は沢山花を付けるが、大変落花が多く、結果が少ない。日陰の為か、肥料不足などの原因かさっぱり判らかなった。今にして思えば雌雄異花で多くの雄花が落花したのだったのかも知れない。

 柿は色々花の付け方も有る物だが 最近は新品種には雌花だけ付く様に改良されて来ているらしい。所謂雌雄異株の雌株だが、雌株だけで結実できるメカニズムは素人で判らない。

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さて先述の老木2本だが、今にして、見れば果実の形から、種(核)の無い事から純然たる平核無(ひらたねなし)柿だと思う。

平核無は新潟県新津市の八珍と呼ばれた中の一つで、明治42年に原熈博士なる人が命名されたと本にある。其の原木は推定年令250年位で現存してるらしい。

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実が大きく、無核で干柿に最適で、我が家でも毎年沢山作ってきた。然し来年からは、沢山は作れないだろう。若しかしたら皆無かも。我が家の秋の風物詩も一つ無くなる。

 
昔は周囲は農地であったが、今や周りは住宅が立ち並んだ。枝は伸びて日陰を作る、葉は舞って行くし、何かと気兼ねしなければいけないようになった。また7m以上の高い所に実った柿を取るのが体力から容易で無くなった

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其れや此れで、残念の気持ちも有ったが、知り合いの若者に頼んで3m以上を切ってもらった。一部分残ってはいるが、一本は殆んど丸坊主になった。来年は殆んど柿が生らないだろう。そして干し柿のすだれも見られなくなる。

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