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2008年9月

ネギの栽培も難しい

はゆり科である.原産はシベリア・アルタイ地方で別名ひともじ(一文字)ねぶか(根深)そして、古名では、(葱の古名呼び)、と呼ばれたと牧野の図鑑にある.   別の図鑑によると原産は中国西部で、2400年前の古書《山海経(センカイキョウ)》、更に別誌には《水経(スイケイ)》に新疆省の西南、パミール高原一帯の地、山上に葱が自生していると記されている.  日本に朝鮮半島を経て,本草和名(918)に記録があるが10世紀以前に伝来したらしい.  因みにヨーロッパにも1500年頃に伝来したが、好みの違いで普及しなかったらしい.

品種は休眠性、株の大きさ、分けつ性、葉の質により幾つかに分類されている.我が家では、松本一本葱、下仁田葱を栽培してきた.
葱は耐寒性、耐暑性ともに強く冬期の畑の野菜の主体である.園芸本に葱栽培の成功のコツとして幾つか有ったが、其の中の一つに、葱は割合丈夫なため、安易な作り方をする場合が多い.総じて此れが失敗の原因になる.其の二つに太い苗、病気(とくにウイルス病)に罹って居ない苗を使用する.とある。

今まで苗を作り10坪程栽培し.自家用には充分の出来、少しは他人に分けて来た.其れが今年の春は予想もしない事態発生、葱は壊滅と成ってしまった.昨秋蒔いて育ってきた苗が移植を前に黄色みになり、葉先きが萎れて弱ってきた. 其れでもと移植した.松本一本葱はどうやら良いが、下仁田葱は写真の様に根が短く黒くなり全滅してしまった.根腐れ病と言う病気なのか、初めての事で驚くばかりである.

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.葱は排水が良く、酸性土壌を嫌い、根が弱い作物なので其の積もりで心がけてきたが、慣れから失敗したらしい.さび病消毒の為に1年間蓄えてきた蜜柑の皮も今年は不要になった.

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             、   

             9/25現在、下仁田葱は数本、残りはちんげん菜が育っている。

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余談になるが、若い頃、葱、の硫化アリルは脳に良いと言うので、生葱を刻んで毎食、大分長い間食べ続け、慢性胃炎に成ってしまった.医者にも見離された状態だったが、センブりを1年間飲み続け治した苦しい思い出がある.私は胃の弱い人にはセンブりを勧めたい.漢方薬は煎じての使用が多いが、センブりは1,2本を湯飲みに入れ熱湯を注ぐだけで良い.名の如く千振りで1日は使える.カラマツソウも良いと聞いたが市販に無く、山で採るのが大変で止めた.オケラの根茎も良いと聞いて山によく行った.オケラは牧野によると古名ウケラと言い、キク科で根は蒼じゅつ又白じゅつと称して薬用に供せり、また正月の屠蘇散の原料の一つでもある.とある.山地の乾いた林の中の多年草である.カラマソウと違い特徴が無く、低い草で、沢山有る物で無いので山中探すのが大変だった思い出が有る.オケラの若苗はツリガネ二ンジンと共に美味な山菜として昔から親しまれていたらしい. 萬葉集にも (恋しけば袖も振らむを武蔵野のうけらが花の色に出なゆめ」と歌われている

たまねぎ(ようねぎ)はゆり科である.牧野の図鑑によるとペルシァの原産で日本に渡来したのは比較的遅く明治年間とある.別の図鑑に依ると明治13年に北海道で栽培されるようになり、昭和の50年代には生産量は世界第1位のアメリカに次ぐ物であった.

我が家では8月末、苗床には移植の際、余っても良いから多めに播種する.大きく丈夫の苗を選びたいから.  たまねぎは乾燥に弱い.雨が少ない時は、朝亦は夕方散水し、黒い寒冷紗を掛け、地温をあげてやる.苦土石灰を撒いて耕す他は特別の施肥、消毒などはした事など、今年は1度も草取りもしなかった.いや、出来なっかた.ために、写真のように、黄たまねぎは草に埋もれ、掘り出して、収穫した.紫たまねぎに至っては、トマトが群生し、其の影に埋没の状態になってしまった.其れでも、収穫は上出来だった

Photo

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.が、今年は9月始め、2度播種したが発芽せず失敗。こんな事も初めて、事前に石灰窒素を撒き過ぎたか、覆土が厚過ぎたか全く原因不明、農業は難しい。9/18,3度目の種を蒔く。種店で見知らぬ人から「今頃良いんですか」と言われ「駄目でしょう」と自棄に答えた。毎年何か失敗がある。果たして結果はどうなるだろうか。

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